【声のお手紙】

ここにご紹介するのは、ご門徒のM子さんが体調を崩され、入院される際に妹さんへ託されたお手紙です。

 

「皆々様、長い間大変お世話になりました。言葉の出なくなった時の為に、お礼を申させて戴きます。

長い人生、色々ありましたが、お念仏に逢はせてもらい、親様に生かされていただき、ほんとに幸せな人生でした。家族の皆んな、親族の方々を始め、お友達の皆々様、今日の日まで、此の様な私をお愛がり、お付合いしていただいて、ほんとに有難うございました。皆様の御健康と御多幸をお祈りして、お礼の言葉とします。合掌　」（原文まま）

このお手紙はM子さんのお通夜の時に披露され、今もご自宅のお仏壇の前に大切にお供えされています。
これは、お手紙ですから文字で書かれたものです。しかし、「言葉の出なくなった時の為に…」と書き始められたこのお手紙の一文字一文字は、M子さんの「声」でもありました。

【阿弥陀さまに生かされた人生】

いったいどのような思いでこのお手紙を書かれたのか。それは私の想像が及ぶところではありません。しかし、91歳のM子さんが、「長い人生、色々ありましたが…」と述べられるところに深い重みを感じます。
また、阿弥陀様のことを「親様に生かされて…」と仰いでおられるところに、その人生を貫いてあったのは阿弥陀様の力強さと温もりであったことが知られます。

M子さんは３歳の時に親戚に養女として出され、それから戦前、戦中、戦後を生きられました。その間、数々の辛酸のなかにあって、誰にも代わってもらえない、時には誰にも語れない悲しみや寂しさがあったはずです。

しかし、歳を重ねられ、いよいよ力なくして声が出なくなる前に、家族や親族や友人にどうしても伝えておきたかったその一声とは、お念仏に出遇い、阿弥陀様に出遇えたことが、人生において本当の幸せであったということでした。そして、頂いた多くのご縁に御礼を申されることでした。M子さんは、そんな思いのありだけをご自身の「声」として遺されたのでした。

【声は心の現われ】

「声」は、例えば「読者の声」というように、心のうちを相手に届けるという時に用います。また、「春の声」というように、季節の訪れが知られる時にも使います。それは、「声」には目には見えない心や存在を相手に告げる力があるからです。

親鸞聖人は、「南無阿弥陀仏」は阿弥陀様の「お喚び声」ですと教えてくださいました。そのところに、「告ぐるなり、述ぶるなり、人の意を宣述するなり」とお示しです。「人の意」とは阿弥陀様のお心のことで、「南無阿弥陀仏」は阿弥陀様が私たちに向かって、「まかせよ、必ず救う」というお心を告げて下さる声であるとの意味です。つまり、阿弥陀様は私たちを惟うお心のありだけを声に仕上げて至り届き、私たちのお念仏となってあらわれ出て、「ここにいるよ、独りじゃないぞ」とご自身の存在とお救いを告げてくださるのでした。

【仏さまからのお手紙】

今日、私たちの手元にはお釈迦様や七高僧様、そして親鸞聖人や歴代のご門主様の文字であらわされたお聖教が数多く伝え遺されてあります。それらお聖教の言葉や表され方は様々ですが、そこに貫かれてあるのは私たち一人ひとりのお救い、すなわち阿弥陀様のお心が声となった「南無阿弥陀仏」一つでありました。
そうすると、全てのお聖教は阿弥陀様の声であり、私たちへ宛てられたお手紙ともいえます。日頃、私たちが声に出してお勤めしているお経の一文字一文字は、そのままが阿弥陀様のお心を一声一声聞かせて頂いていることなのでした。

【本当にしあわせな人生】

そこには、たとえどんな人生を送ろうとも決して孤独はありません。阿弥陀様は、嬉しい時も悲しい時もお念仏や読経の声となって独りじゃないことを心いっぱいに知らせてくださいます。そして、たとえいつどこでどのように命終えようとも、必ずお浄土に生まれさせ仏様にしてくださいます。そんな人生の最後に「有難うございました」と御礼が言える。それを「ほんとに幸せな人生」というのでした。

 

＜本願寺新報「みんなの法話」2018（平成30）2月20日号掲載＞