浄土真宗本願寺派 一乗山 妙蓮寺

浄土真宗のみ教え

「親の名告り」変わらない心

       

【親さま】

浄土真宗は阿弥陀様を親様と仰ぎます。しかし、阿弥陀様から生まれたのではなく、煩悩に汚れた身でおさとりの仏様を親様とよべるのはなぜでしょうか。それは、阿弥陀様の方から「親の名告り」をして下さったからです。

親の名告りとは「南無阿弥陀仏」です。それは「我にまかせよ、必ず救う」という阿弥陀様が私を喚んで下さる声でした。「南無」とは本来「おまかせします」という意味ですが、迷っている自覚もなく、自ら阿弥陀様に背を向けるような者に「まかせる」心は起こりません。阿弥陀様はそれでは救いに間に合わないと、ご自身の名告りに「南無」をつけて「まかせよ」と喚び続けて下さったのでした。

【無限の命(いつでも)と無限の光(どこでも)】

「我にまかせよ」の我とは阿弥陀様のことで、寿命と光明が量り知れない仏様というお名前です。それは、阿弥陀様がまだ法蔵菩薩であった時、寿命が無量の仏となってまで「いつでも」、光明が無量の仏となってまで「どこでも」、私のところに至り届いて、必ず救える仏になろうとのお誓いを成就されてのことでした。

いつでも、どこでもとは今ここ私のところをおいて外はありません。今ここ私のところに居られなかったら、いつでも、どこでもとは言えません。つまり、阿弥陀様に背を向けて逃げていた時も、日々の生活に追われて阿弥陀様のことを忘れている時も、嬉しさに心躍る時も、悲しみに打ちひしがれて涙する時も、今も昔もこれからもずっと阿弥陀様は私とご一緒下さる仏様であることをご自身の名告りとして仕上げて下さったのでした。

こうして、私がいついかなる時も決して変わらないお心で「我にまかせよ、必ず救う」と飽きもせず、疲れも知らずお育て下さる仏様を「親様」とお譬えするのです。親とは子を産んだというだけではありません。「お母さんだよ」「お父さんだよ」と言うように「まかせよ、お前の親であるぞ」と先手に名告って下さった方が親でした。

【親心】

さて、Kさんというご門徒さんは実のお母さんが早くに先立たれ、兄妹共にお父さんと後妻のお義母さんに育てられました。何にでも一生懸命でとても優しいお義母さんでしたが、それを素直に受け入れることができませんでした。しばらくして、戦争でお父さんとお兄さんが先立ちます。するとお義母さんは毎日お仏壇の前で涙し、昼夜を問わずお父さんとお兄さんの名前をよび続けられたというのです。Kさんはその姿を見るのがとても辛くて嫌で、目を背けて耳を塞いだと言われます。

やがてお義母さんは先立たれ、Kさんは結婚し二人のお子さんに恵まれます。ところが、その二人が事故と病気で先立っていかれたのです。その時、言い知れない深い悲しみの中で気がついたことがありました。それは、あの時見るのも聞くのも辛くて嫌だったお義母さんと同じ様に、お仏壇の前で先立った我が子の名前をよんでいたことです。

そして、お義母さんがもしも兄とは本当の親子ではなかったと僅かでも思うことがあったなら、あれほど涙し、名前を毎日よび続けただろうか。それは、子が死してなお親であり続けた姿ではなかったか…。そのことは、お兄さんが先立ってからの話ではなかったはずです。
また、お兄さんだけの話でもありませんでした。お義母さんが家に来て「あなたのお母さんになります」と名告ってくれた時からずっとKさんの親であり続けてくれたのでした。そうすると、あのお義母さんは今もこの悲しみの中にあって、私と一緒に泣いてくれているように思えたとお話くださいました。

【お念仏の心】

「南無阿弥陀仏」はいつでも、どこでも離れずにいることを子に告げる親の名告りとして仕上がりました。阿弥陀様は今も昔もこれからもずっと「我が子よ」と喚び続けて下さいます。その変わらない願いに貫かれてあることを聞く時、私たちはいついかなる時であっても決して独りではありません。たとえ深い悲しみの中であっても、親の声を聞き、親の腕に抱かれて安心して泣いていけます。

 

 

<本願寺新報「みんなの法話」2018年8月掲載>

浄土真宗本願寺派(西本願寺)-親鸞聖人を宗祖とする本願寺派